もつと遠い旅

「それにしても二時間では半端だな? 何か斯う?」「あそこが丸ビルか知ら?」「一層、もつと遠い旅だと反つて都合が好いんだらうがね……この前の時に出かければ好かつたんだが……」「知らないわ。」 そんなこと云ひ合ひながら愚図/\してゐると、父親の愚図な性質をはやのみ込んでゐるかのやうな五才の児が、「おべんとうを食ふだあ! おべんとうを食ふだあ!」と、日々駅夫の呼び声を真似て、呼び慣れてゐるヒナリ声でわめきたてながら靴先きをもつてポンポンと母親の脚のあたりを蹴り飛ばした。家庭でならそれ位ひのことは平気なのに彼女は、妙なシナをつくつてオホヽヽと笑つた。そして、あかくなつた。自分も稍、顔のあかくなる思ひに打たれて、「馬鹿!」と、よその眼を気にするやうな少し気取つた様子でたしなめた。「お前の方が、よつぽど馬鹿だよう。」児は、頤をつき出して憎々をした。この頃では彼は、往々近所の友達と喧嘩をするのであつた。自分は、屡々それを見うけたが一度もたしなめた験しはなかつた。それに吾々夫婦は往々野蛮な口喧嘩をした。彼女は、口惜しさのあまり自分に向つて、「お前の方がよつぽど馬鹿だよう。」と、噛み殺すやうな憾みをのべたことがある。 妻は、児を抱きあげて待合室を飛び出した。そんな妻の動作を自分は、不自然な軽蔑すべきものゝやうに思ひながらも、慌てゝ鞄をさげて後から続いた。「出つけないから、ほんとに困る――」「そんなことはない。」「外へ出ると、ワザと云ふことをきかないやうに見える。」

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