人気の少ない廊下

「多少、さうかも知れないな。外ではお前が、叱らないから……」と、自分が云ふと妻は、厭な笑ひを浮べた。自分も。 吾々は、人気の少ない廊下に、二時間も待ち合せる者ではない。そわ/\した心でたゝずんでゐた。 ふと気づいて見ると児は、自ら意識する武張つた大股で、直ぐ前の飲食店へつかつかと入つて行くのであつた。一寸した時の彼の癖で、力んで夫々の脚を踏むのである。――いつも自家へ帰る時の自分の心は、どこかあれに似たわざとらしさがある――などゝ自分は、不意と思つた。 さつき待合室に居る時も、掛けるところがなかつたので吾々は人々の間に立つてゐたのであるが彼は、腰掛けの周囲を競馬のやうに駈け廻つたり、入口を廊下に出たり入つたりしてゐたのだ。彼は、そこの飲食店も客が一杯腰掛けてゐるので前と同じつもりで入つて行つたに違ひない。――吾々は、舌を鳴して追ひかけて行つた。 広い食堂だが殆ど此処も空席がない位ひに混んでゐた。吾々は、思はず入口のところに突つ立つた。 テーブルよりも丈が低いと見えて、児の姿は、自分が首を探照灯のやうにして彼方此方に視線を放つたが、頭も見えなかつた。 児の名前を呼ばうとしたが出なかつた。食堂中を見回るのは大変だと思つた。――自分はカーツとした。こういふ処にも吾々は入りつけないので、たゞ入るだけでも多少堅くなるのであつた。 横浜を過ぎる頃に児は眠つた。 これからは成るべく気軽に何処へでも出かけよう――九日の晩に、お前達もつれてヲダハラをたつとしようかな――トンネルが随分沢山あるぜえ! 熱海の道よりは少し陰気だけれど……山北に行くと機関車を後先きにくつつけたと思つた、たしか? ――などゝいふことを自分は話すと、妻は好奇の眼を視張つて是非同行したいと述べた。 彼女は、東京とヲダハラの往復にはあきてゐた。「×さんがゐる。」

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