自働車の運転手を指差した

 改札口を出ると妻は、そこに立つてゐる自働車の運転手を指差した。……大地震で彼等の合宿所が潰れた時、恰度その町に居合せた吾々の家は倒れなかつたので、その大半を×さん達に提供したことがある。此方こそ賑かになつて、あの不安から救はれた。×さんは、それ以来知り合ひの青年運転手である。 彼は、吾々を乗せて深夜のバラツク街をのろのろと走つた。吾々は、道々、自分達が何故去年の夏以来来なかつたか! といふことに就いて話した。×さんは、話のために道をワザと迂回した。そして町はずれの小バラツクの前で吾々を降ろしたが、妻が賃金の紙包みを彼のポケツトにおし込むやうにしても彼は、ひたすら拒んで、アツハツハ! と笑ひながら逆もどりの出来ない程な道なので、その儘真つ直ぐに走つて行つた。 吾々は、隙間から灯りが洩れてゐるバラツクの門をドンドン叩いた。――どなたですか? と誰何する声がしたが、聞えぬ振りをして自分はひたすら叩いた。 まさか忘れはしまいとは思つてゐたが、案外お前のことだから? と思つて随分苦労した。――などゝ母は、好意を含めて此方を呑気者に扱つた。お前のことだから――といふ風に云はれるのは、自分は親からでも擽つたい。それに、返事を書くのが厄介だから成るべく手紙を寄して呉れるな、などと勝手なことを云ふので、が、まア、遠慮してゐたのだが、あしたになつたら、電報を打つゝもりだつた……。「でも、まあ好かつた。」と、母は、二度もそんなことを云つて笑つた。吾々は、努めてゞはなしに、笑ふやうなことばかりを多く話した。「前の日に法事をして、それから九日にお墓参りをするんですね、ちやんと知つてるさ、それを×子てえばさあ、九日にいちどきに済せるんだなんて……強情!」「それは、昔から――」「いゝえ、あたしのお父さんの国ではさうだつて云つたゞけなのよ、お母さん。」「手紙だけは、昨ふ方々に出しておいたよ、お前の名で――あとのことは、お前が帰つて来てから相談しようと思つてゐたんだが、もう今日となつてはそんなことも云つて居られないんで、大体、決めたが――」「それは、どうも――ハ……。それだあからよう、私あ、もう、どうしても今日のうちにやあ帰るべえと思つてねえよう……」「汽車に乗り遅れた時、何さ!」

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