あの儘の手文庫

 あの儘の手文庫が、雛箱の蔭に別段あれ以上に古くもならず、手持好に艶々とした光沢を含んでゐた。 藁に縋るやうな自分の眼は執拗にあれ[#「あれ」に傍点]に惑かされた。 また、自分は腕を伸した。だが、蓋に触れた自分の手先きは、激しく震えて如何しても自由にならなかつた。可笑しい程、蕪雑に震えた。

 三月八日 午に迎えた少数の招待客は、日が暮れないうちに、大方引きあげて行つた。――自分は、とう/\昨べは徹夜をしてしまひ、その儘起きてゐるのだが、眠くなかつた。 酒も飲まなかつた。「阿母さんは今でも、日記をつけてゐますか?」自分は、何気なく、親し気な追憶家のやうな調子で訊ねたりした。「えゝ。」と、母は点頭いた。「ずうつと、続けて?」「まア……」と、母は微笑した。「休んだことはないの?」「……でも、昔のやうにも行かなくなつたよ。ほんの、もう――」「さうかねえ……昔からのが皆なとつてありますか。」「あるだらう。」「随分沢山あるだらうな。……何処にしまつてあるの?」「あまり古いのはたしか長持……」「稀に、読み返して見たりすることもありますか。」「滅多にないが、稀には――」「面白い?」

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